キララ祭を楽しむ

去る4月29日、上天草市の主催による恒例の「キララ祭 サンライズウォーク」が
龍ケ岳山頂を舞台にして開かれました。わたしも初めて参加というか見学をしました。

前日は、森国久顕彰会の会議および第1回となる銅像建立委員会も開催され、
夜の懇親会ではおいしい料理をいただき、夜遅くまでトークが続きました。

翌日(4月29日)は、大道港を集合場所とし、サンライズウォークが午前9時に
スタートしました。元気のある顕彰会の役員の皆さんは、歩いて山頂を目指したのですが、
私は、腰に持病があるので、恥ずかしながら、こっそりと倉岳側の道を車を運転して山頂へと向かいました。

山頂では、スタッフの皆さんが準備に追われていました。私は、展望所へ行きました。実に50年ぶりでした。
残念ながら山頂から見る景色は霞がかかったようで、あまり見通しは良くありませんでした。

ほどなくすると、参加者のみなさんも到着し、キララ祭が開始。
予想外の「ひょっとこ踊り」もあり大いに盛り上がりました。

参加された皆さん、お疲れさまでした。

第八冨貴丸の雄姿

会報第2号に紹介した特殊タンカー船「第八冨貴丸」(新造船)の就航記念の動画がありました。この「第八冨貴丸」は森国久顕彰会の役員の一人が取締役を務めている
開運会社建造したタンカーです。船の種類としては「ケミカル・タンカー」というそうです。運ぶ積荷の化学物質によって船の構造が変わるようです。
詳しくは Wikipedia をご覧下さい。

最近は、ドローンを使ってこいういう動画が思ったよりも手軽に撮影できのでしょうか。

ひと昔前は考えられませんでした。

下島_三足の旅

[ 小高浜の子供たち ]

下島 三足の旅 「水切り

森国久顕彰会理事会と新年会を兼ねて松島に一泊した。翌日、事務局で広報用の写真を撮影し、天草を知るために、旧本渡市内、﨑津、下田、富岡方面まで「三足の旅」に出た。

私は天草育ちと言っても、意外に天草を知らない。特に下島をこんなにゆっくり眺めたのは初めてである。本渡を出発して車窓から外を眺めていたが、日曜日の昼下りにも関わらず、人を見かけることはほとんど無かった。
小高浜が見えてきた。﨑津と軍ヶ浦の間のこの地点まで来ると、洋角湾が東シナ海に口を開いている。その海岸で、3人の女の子達が海岸で石を投げて遊んでいた。
子供の頃、私も良く友達と水面の輪っかの数を競って「水切り」遊びをしていた。あの頃をふと思い出した。いつの時代も子供は変わらない。
私は、懐かしさと、思いがけない子供の姿に何故かほっとして、車道から大声で、「輪っか、2個出来たよ、もう1回!」と思わず子供達に声をかけた。
また、いつの日にか子供達に会えるだろうか? 子供達にこの故郷を残せるだろうか。
子供の笑い声は、私の胸にこだました。
私も、少子高齢化をただ嘆いていてばかりもおられない。

(j.m)

﨑津?崎津?

顕彰会の会報「なみおと」の第2号ができあがりました。今回もそれなりに苦労しましたが、
今朝、何気なく熊日新聞を読んでいたら「ふるさとNET]というコラムの文中に「﨑津天主堂」という
文字が飛び込んできた。普段ならたぶん何も気にせず読み進んだと思う。
なぜ目が止まったかというと、「なみおと」の4面に「天草探訪」という短い記事の中に「崎津」という地名を登場させたからだろう。
当初は「﨑津」と表記していたのだけど、ネットで検索すると「崎津」と出てきた。なので、そうなのだろうと、それ以上、追求しなかったのだ。

でも、地方紙とはいえ新聞社が「﨑津天主堂」と書いているのだ。
気になったので、ウィキペディアで「崎津集落」で検索してみた。すると、記事のタイトルは「崎津集落」となっているが、本文中では、「﨑津集落」と書かれている。まさか天下のウィキペディアが、そんなことをするのかと思った。が、ちゃんと注釈があった。

「本来の表記は「﨑津集落」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています」
「この項目に含まれる文字「﨑」は、オペレーティングシステムやブラウザなどの環境により表示が異なります」とのこと。

ということは、印刷物としては「﨑」を使うべきなのだろう。

ちなみに、このBlogに書いた「天草探訪 その2」に掲載している資料館の暖簾には「﨑津資料館」と書かれている。Google Mapは「カトリック崎津教会」と表示されている。

 

樋島の造船所跡

未来の産業遺産 ― 樋島の造船所跡 ―

樋島の造船所跡を初めて訪れた。樋島に生まれ育った段下文男氏の案内によって。廃墟であるはずなのに鮮烈な印象を受けた。平成29年の4月末のことである。デジカメのシャッターを切った。青い海の向こうに龍ヶ岳がそびえる。この風景を眺めながら、自分の知らない天草における造船業界の栄華を寂しく空想した。

と同時に、これを産業廃棄物として片付けてしまうのは誠に惜しいとも感じた。何とか未来のための遺産、産業遺産として残し、天草近代産業史の記念碑としてとっておくことはできないものだろうか。

この遺跡を案内してくれた段下文男氏に感謝したい。

瀬戸歩道橋

天草名所―瀬戸歩道橋

天草にもいろいろ名所がある。今回は天草の上島と下島をつなぐ橋を名所として紹介したい。上島と下島をつなぐ橋としては瀬戸大橋、通称「ループ橋」がよく知られているが、ここで紹介する橋は「瀬戸歩道橋」(巨大な彫刻作品)。
読んで字のごとく、人しか渡れない。けれども、仮に自動車が20台のってもびくともしない頑丈な鉄の橋だ。
行ってみてびっくり。歩道橋なのに、それに不似合いなくらい背が高い。
しかもめずらしいことに、この橋は開閉式の「跳(は)ね橋」なのだ。橋が架かる瀬戸は、不知火海と有明海をつなぐ航路になっていて、大きな船が通るときはこの橋の真ん中が跳ね上がる仕掛けになっている。ホントに珍しい橋。橋の上から有明海側も不知火海側も見える。これこそ名所。

 

天草探訪_その2

2018年1月21日(日曜)
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本渡で「めでたいたい焼き」を食べたあとは、この日のメインである崎津に向けて
出発しました。
国道266号線を走ること約1時間で目指す崎津に到着。まず車を駐車できる場所を探しました。
港に観光客数人がいたので、そちらへ向かい、取りあえず車を停めました。
車を出て、身体を伸ばし、目の前の羊角湾の入り江というのか、のどかな海に浮かぶ小舟をパチリ。

そこから教会の屋根は見えるので、そのまま波止場づたいに進みましたが、残念ながら、それでは行けませんでした。車に戻り崎津地区のメインストリートを駐車場を探しながら進んでみました。

すぐに駐車場はありましたが、満杯。次も満杯。なぜかというと殆どが3-4台分のスペースしかありません。
ようやく漁業組合の建物の近くに、まとまったスペースがあったので、そこに停めました。
歩いて教会へ向かいます。日曜日だからなのか、人通りは少なく。世界遺産に指定されたので、それなりに観光客が歩いているのを想像していたので、ちょっと意外でした。
たぶん世界遺産に指定される前の状態とそれほど変わっていないのだろうと思いました。
特産の海産物などを売る小さな店が何軒かありましたが、それほど私が魅かれる店はありませんでした。
別に私は、洗練されたオシャレな店を求めている訳ではありません。
地元の人たちが、自分の住む地域が世界遺産に指定されて、どう思い、どう受け止めているのかなと感じました。

そもそも私としては、「世界遺産」に登録されるということが、どういうことなのか解っていません。
地域興し、観光事業の活性化、歴史的遺産の保存など、立場、見方でか変ってくるのだと思います。
何となくですが、地元の人も戸惑っているのではないかというのが、正直な感想でした。
教会の前で写真を撮っていたら、外国人の男女が来ました。年配の女性と若い男性でした。

男性が「マミー」と呼びかけていていました。そう親子でした。男性が教会をバックに母親を撮ろうとしていたので、私は、「撮ってあげましょうか」と言って、二人を撮りました。どこから来たかと聞くと「モンタナから来た」とのこと。モンタナは確か、熊本県と姉妹都市ではなかったか。
ということは、それなりに県の海外へのPRの成果なのかも知れません。

いずれにしても、三角西港も含め、「世界遺産」に指定されたことをどう受け止め、
どうして行くのかは、かかって地元の人が決めることだと思います。
同時に、そのことに対しアドバイス、サポートすることも求められているのかも知れません。

これは、たぶん世界遺産に指定されてからできた資料館だと思いました。
今後、どのように進んで行くのか、私も傍観者にならないようにしたいと思いました。

 

天草探訪_その1

先週の土曜日(1月20日)の午後、顕彰会の理事会が上天草の「ろまん館」にて開催されました。
いつも理事会は熊本市内で行われていました。天草在住の理事は、その都度、熊本市内まで来ていただいていました。そこで、新年会も兼ねて天草にて理事会を開催したということです。
理事会終了後、新年会に移りました。
いやー、予想以上においしい料理が出てきて、私の年齢だと食べきれないほどで、大満足でした。
二次会は、カウンターのあるBarで、窓の外から見える夜景(頭を少し上に向けると橋が見え、そこを通る車のヘッドライトの光が橋の側面の隙間から漏れ、フラッシュ・ライトのように見える)が、いい雰囲気でした。

そして、翌日は、前夜、時間がなくて入れなかった温泉に入り、食べきれないほどの朝食を可能なだけ食べて、理事会は解散しました。

ここからが、本題です。
理事の皆さんと別れ、私と事務局長と事務局のJさんの三人は、天草探訪・取材のドライブに出ました。
まず、目指すは天草市の本渡。
本渡まちづくり協議会の会長さんに会い、本渡の町を案内してもらいました。
アーケード街を歩いたのは、実に50年ぶりでした。国道沿いは、それなりに普通な感じなのにアーケード街は、今の地方都市で問題になっているシャッターが降りている風景でした。

天草の乱の激戦地跡を示す場所へ行きました。
その後、ちょっと休憩を兼ねて、「めでたいたい焼き『まるきん』」へ行きました。知っている人も多いと思いますが、小山 薫堂氏とかかわりのある 饅頭屋(と言っていのかわかりませんが)で、お茶をしました。「めでたいたい焼き」はおいしかったです。

== 続く ==

こういうのを見ると、いかに「天草の乱」「島原の乱」(?)を知らないかというのを痛感しました。

珍しい構造の橋です。初めて見ました。

 

内容の充実のために

実は、いまどきのホームページを作ることになろうとは、1年前は思ってもいませんでした。
定年退職して数年を経た身で、このような重みのある、データ・ベース的な側面が強いホームページを
構築することなるとは、、、、。
とは言え、それなりに、閲覧しやすいサイトにしたいと思っています。
使っているシステムは、今やスタンダードとなった Word Pressです。
私も、個人的には、以前からBlogをやっているのですが、このWord Pressで、ちゃんとした
サイトを作るのは初めてなので、試行錯誤の状態です。
執筆陣からは、これから どんどんコンテンツが上がってきそうです。

できるだけ使い易い構成を心がけたいと思っています。

そして、たまには、私の息抜きで、「島」にかかわることなど、書かせてもらうかも知れません。

ハッとするようなもの…

一昨日(3日)、実家のある上天草市龍ヶ岳町へ行った。奥さんと東京から帰ってきていた
次女と3人で。
朝の9時に我が家を出発。熊本市内は、車も少なく順調に走れた。宇土の松原交差点で右折し
しばらく走ると、三角方面からの車が増えてきた。「たぶん熊本市内のデパートの初売りに
行く車だろう」とは、娘の弁。私もたぶんそうだろうと思った。
いつも実家へ帰るときに休憩を兼ねて立ち寄る「宇土マリーナ」へ行った。
ひょっとして鮮魚をゲットできればと思ったが、当然ながらなかった。
が、店舗の正面では、「ぜんざい」のふるまいがあっていて、奥さんと娘はちゃっかりと
ご相伴に預かっていた。

その後も車は順調に走る。松島を過ぎ、海沿いの道を走っていたら3人のサイクリストを見かけた。
サイクリング・ウェアも決まっていて、自転車も De Ro** (イタリア製)だ。
交通量も少なくサイクリストにとっては、走り易いだろうと思う。
これで、青い海と青い空があれば「最高」なのだが、、、。
残念ながら、八代方面も、その先の姫戸方面も薄ぼんやりしている。
何か、車を停めて写真を撮りたくなる風景を見つけたいものだ。

謹賀新年 2018

明けましておめでとうございます。

このブログは、森国久の足跡を追い、紹介することをメインとするメインのページとは違った側面から、スタッフが感じたことなどを書き連ねたいと思っています。ちょっとした息抜きみたいに捉えて下さい。

<ということで、これは、私が昨年、旅先で撮った写真で、ちょっと気にいっているものです。場所は、英国の南西部、ペンザンスという町の夕暮れのビーチです。>

 

やっとスタート

なかなかブログのみのサイトとして使い易いテーマが見つからずに手間取ってしまいました。どうにか新年には間に合いそうです。まだ、使いづらい点があるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

(私の好きなイギリスの田舎の風景)